こんにちは。筆者は「すしログ」という鮨専門サイトを運営しつつ、国内外の料理を食べ歩いて20年の「食の変態」大谷だ。食のために世界を放浪し、石毛直道先生を敬愛して文化人類学を専攻。食べ歩くだけではなく自ら料理することを是としている。
今回ご紹介する「ナイルレストラン」は、東銀座にあるインド料理レストランだ。こちらは日本のインド料理史を語るうえで避けては通れない名店なので、知らない人の方が少ないだろう。
筆者も18歳の頃に上京して早々に訪問した。そして、若輩な自分でも、こちらの名物カレー、ムルギーランチの独特な味わいには魅了されたものである。田舎から出てきたばかりだったので、「東京にはこんな個性派料理があるのか!」と驚いた次第。以来、何度か足を運び、変わらぬ味を楽しませて頂いている。
…だがしかし。私も未だ食べたことがなく、2代目G. M. ナイル氏がお客さんに本当に食べて欲しいと思っていた、ヨーグルトカレーがあるそうだ。
これはもともとお店のまかないだったものの、3代目ナイル善己氏のお母様の推挙でレギュラーメニューになった「隠れた名物」である。それでは、「ナイルレストラン」の魅力を、お伝えしよう。
歴史を知れば味わいが一層深まる「ナイルレストラン」の凄さとは?
料理の紹介の前に、「ナイルレストラン」の歴史も紹介しておきたい。
検索すれば情報は出てくる世の中であるが、当サイトの過去の記事で老舗の「アジャンタ(AJANTA)」、「新宿中村屋」の歴史にも触れたとあれば、「ナイルレストラン」も語らないわけにはいかない。
なぜならこの3店には共通点がある。それは、創業者や関係者が独立革命家であることだ。
「ナイルレストラン」は1949年創業で、「日本最古の印度料理専門店」を謳っている。他の老舗の「アジャンタ」は創業は1957年で、「新宿中村屋」は創業年こそ1901年だが、インド料理の専門店ではなく「1927年に日本で初めてのインドカリーを提供」したことで知られている。
そして、「ナイルレストラン」のA. M. ナイル氏、「アジャンタ」の創業者ジャヤ・ムールティー氏、「新宿中村屋」で腕をふるったラス・ビハリ・ボース氏は全て革命家であった。日本のカレーはインド人革命家が亡命してきたことで進歩したと歴史があるのだ。
「ナイルレストラン」の創業者、A. M. ナイル氏は、高校在学中からインド独立運動に参加されていたそうだ。
しかし、イギリスから目をつけられたために日本に留学して、京都帝国大学(現・京都大学)の工学部に入学! そこで、ラス・ビハリ・ボース氏と出会い、卒業後に国賓待遇で満州国を訪問。
満州国でインド独立運動を続けながら諜報活動を行い、インド独立運動の革命家と日本陸軍を結びつけた…と言う、今の「カレー屋さん」と言うイメージからはとても浮かばない奇想天外な活躍をされた方だ。
第二次世界大戦後、東京裁判にあたって有名なパール判事が来日した際、通訳を行ったのもA. M. ナイル氏であり、日本の戦後史を語るうえで重要な人物といえる。日印平和条約の仕事をする傍ら、1949年に「ナイルレストラン」を開業して現在に至っている。
そして、こちらの看板メニューは言わずもがなムルギーランチだ。「ランチ」と名乗っているがディナーにも頼める。ランチでもディナーでも90%以上の人が頼んでいる。
配膳されるやいなや「マジェ(混ぜ)た方が美味しいよ」と言われて、否応なしに混ぜられて均一化されのがムルギーランチであった。結果的に「マジェ」がキーワード化して、「ナイルレストラン」の代名詞となった。
卓上にも食べ方紹介のPOPが置いてあり、「ゼンブマジェテネ」と記載されている。しかしながら、冷静に考えると「ジェンブマジェテネ」ではないのか!?「ジェ活用」は混ぜる際のみに発動するらしい。
それでは、実際の料理のレポートをお届けしよう。
巧みなスパイス使いと銀座料理の風格と。「ナイルレストラン」の料理を紹介!
「ナイルレストラン」で頂いた料理は以下のとおりだ。
- 生ビール(冷えています):750円
- チェンミンピース:1,600円
- ヨーグルトカレー:1,500円
- マトンカレー:1,300円
- ムルギーランチ:1,600円
お酒を頼むとパパドが付いてくる。ビールのアテにピッタリだが、カレーと食べると最良のパートナーになる。お酒を飲む方は活用して欲しい。例えば、「砕いてムルギーランチと食べる」など、普通はできない応用技も可能だ。
チェンミンピースはナイル善己氏のお気に入りで、「チェンミン(=ケララ州の方言でエビ)」に「グリーンピース」をくっつけて作られた造語のようだ。名付け親はナイル善己氏のお母様との談。
頂いてみると、予想と異なる味わいで面白い。辛くて甘いのだ! ミックススパイス的なクラシックなカレー粉の香りが印象的で、そこに唐辛子の香りが混ざり、やや強めの甘味とともに懐かしさを感じる味わいだ。つまみに良いオリジナルメニュー。
これは大ヒットのベジカレーであった。もともとは南インドの家庭料理で、季節の野菜を10種類のスパイスで炒め、水を使わずにヨーグルトだけで煮込んだカレーとの説明である。
頂く前から意表を突くスパイス香が広がる!マスタードシード、クミンシードとカレーリーフの香りががっつり効いていて、南インドテイストを楽しめる!まさかナイルレストランに、ここまで本格的なテンパリングしたスパイスの香りを発するカレーがあるとは…と、昔から訪問している人間としては驚いた次第である。
味わいもバッチリで、ヨーグルトの酸味がしっかり効いていて、ベジカレーなのにコクが強い。ヨーグルトに加えてトマトの酸味も効いている。スッキリと美味いグレイビーで、ターメリックライスとの相性も抜群だ。上記のチェンミンピースと混ぜると面白い相乗効果を楽しめる。
ちなみに、ナイルレストランでターメリックライスが使われるのはヨーグルトカレーとムルギーランチのみだそうだ。
開業当初に初代A. M. ナイル氏がオススメしていたと言うカレー。やはり、クラシックなインド料理では羊肉が肉の最高峰なのか。頂いてみると、ベースはムルギーと同じような野菜主体のグレイビーだが、そこにクローブがバシッと効いている。
刺激的な香りがホロホロで羊香たっぷりなマトンと相まってパワフルな味わいだ。そして、辛口。頂いた後、唐辛子だけでなくジンジャーが由来と思われる凄い発汗作用であった!個性的なマトンカレーで大いに気に入った。
シグネチャーであり伝説的なメニュー。鶏もも肉をスパイスで7時間以上煮込んだカレーで、ジャガイモを含む温野菜と“マジェ(混ぜ)”て頂く。昔は店員さんが勝手に混ぜて提供されていたが、今は止めてくれる。…いや、実際には「自分で混ぜます」と伝えても混ぜられそうになったので、「待ってください!待って!自分で混ぜますので!!」と2度制止したのだが(笑)。
混ぜる美学もあるのだろうが、混ぜられないからこそ楽しめる味わいがある。グレイビーには野菜由来のとろみと甘味がたっぷりだ。混ぜる前提のため塩気はやや強めに付けられている。混ぜることでクタクタなキャベツとマッシュポテトが仕事を発揮する。
この変化は自分で混ぜるからこその発見だ。一気に混ぜなければ、他のグレイビーと合わせて楽しむことも可能。総じて、野菜ベースの甘味が特徴的で、やさしい酸味があり、スパイスは上品なカレーであると感じた。
今頂くと「日本人式のインド料理」あるいは「昭和日本人を意識したインド料理」と言った感のスパイス使いや味付けで、ある意味「銀座料理」の一つなのかもしれないと感じた。
夜は常連さんの訪問が多く、紳士淑女や文化人風の方が多く見られた。趣を好む方ならば、店内が狭くとも独特の風情を満喫できることだろう。
ナイルレストラン
住所:東京都中央区銀座4丁目10-7
電話番号:03-3541-8246
予約可否:予約可(大人数のみ)
営業時間:月・水~土・祝前日・祝後日11:30~21:30 / 日・祝日11:30~20:30
定休日:火曜、第1・第3水曜
お店の公式サイト
https://www.ginza-nair.com/