今回から「世界ヨーグルト紀行」と題して、世界の台所探検家・岡根谷実里さんによるエッセイを連載します。世界各地の家庭の台所を訪れ、ともに調理し、料理から見える社会や文化を伝える岡根谷さん。第1回目のテーマは「世界の飲むヨーグルト」です。暑い国で喉を潤すヨーグルトには、身体にどんな影響を与え、どんな知恵が秘められているのでしょうか。
細胞が生き返る!しゅわっと弾ける発酵乳、キルギスのチャラップ
身体中から水分が蒸発していくような暑い日だった。信号待ちをしていると、道端でタンクを据えて飲み物を売っているおばちゃんが目に入った。キリル文字で書かれているのでそれが何なのかはよくわからないけれど、道ゆく人々にならって、一杯注文する。
タンクの下のほうについた蛇口から出てきたのは、乳白色の液体。薄いヨーグルトのようだ。
渡されるなり、ぐびっと一気飲みした。よく冷えていて、しゅわっと炭酸が弾けて、発酵乳の酸味があり、体に沁みていく。日差しが強く歩いているだけでへとへとになるような日だったので、さらりとしたその一杯はするすると体に沁み入り、中に含んだ炭酸の泡とともに体の細胞を元気にしてくれるようだった。生き返る。
それを飲んだのは、中央アジアのキルギスでのことだった。飲み物の名前は、チャラップ(Chalap)。道端にテーブルを構え、ビール樽のようなプラ容器を並べてチャラップなどの発酵飲料を売るおばさんの姿は、夏のキルギスの特徴的な光景だった。
思えば、世界各地を訪れる中で「飲むヨーグルト」には度々救われてきた。今回は、特に記憶に残っているものをいくつか紹介したい。
南インドの暑い日はバターミルク
生乳生産量が世界一の多い国はどこか、ご存じだろうか。広大な国土を持つアメリカではなく、チーズやヨーグルトのイメージのあるヨーロッパでもなく、アジアの大国インドなのだ。
人口が多いことも一因だが、それだけではない。朝はチャイ(ミルク入りの茶)から始まり、料理にはパニール(チーズ)やギー(バターオイル)を使い、自家製ダヒ(ヨーグルト)を作るなど、多様な形で日常の食に乳製品が使われている。
「よく来たね。外は暑かったでしょ?バターミルク飲むかね」
南インドの街ポンディシェリの家庭にたどり着くと、そんな言葉で迎えられた。飲めるものはなんでも飲みたいくらい喉が渇いていたので「はい」と答える。すると彼女はお手伝いさんに指示を出し、ほどなく台所からガーというミキサーの音がして、ぶくぶくに泡立ったミルクのようなものが運ばれてきた。
ひと口飲むと、馴染みのある酸味がある。ミルクのコクがありつつ、飲み慣れた「飲むヨーグルト」より水っぽくさらっとしていて、こんな暑い日にちょうどいい。
「毎朝搾りたての牛乳が届くから、それをわかしてダヒ(ヨーグルト)を作るんだよ。そのダヒでできるのが、このバターミルク」。
「バターミルク」というと、本来はバターを作った残りの薄い液体のことを指すのだけれど、現在家庭で作られるのは、このダヒを薄める方法がポピュラーなようだ。それも無理はない。バターを家で作るのは月に何度かで、バターミルクを飲みたい頻度の方がずっと高いのだもの。
このバターミルクは、単体で飲むだけでなく、食事の時のドリンクとしてもしばしば登場した。スパイスを使った料理は、時に舌を燃やすほどに辛くて、そんな時はやっぱりバターミルクに救われた。
ところで、インドの飲むヨーグルトというと、日本ではラッシーが有名だが、これは南インド1ヶ月滞在中一度も飲むことがなかった。
いわく「ラッシーはヘビーだからね。それに甘くて食事と一緒には飲めないから!」と。言われてみればその通り。甘いシェイクのようなラッシーよりも、さらっとして体を潤してくれるバターミルクの方が、ここの気候には似合う。
※バターミルクはインド英語の名称で、ヒンディー語ではチャース、タミル語ではモルなどとよぶ。