みんなのヨーグルトアカデミー

ヨーグルト好きによる、ヨーグルト好きのための、日本一ヨーグルトに詳しいWEBメディア!ヨーグルト好きによる、ヨーグルト好きのための、
日本一ヨーグルトに詳しいWEBメディア!

気温40度の南インドに学ぶ。食後のカードライスでヘルシーにクールダウン|岡根谷実里の世界ヨーグルト紀行

ヨーグルトラボ 2024.08.30

気温40度の南インドに学ぶ。食後のカードライスでヘルシーにクールダウン|岡根谷実里の世界ヨーグルト紀行

ミルクの宅配&自家製ヨーグルトは当たり前!世界最大の乳製品消費国インド

世界一の生乳生産国はどこか、ご存知だろうか。牛乳をたくさん飲んでいそうなアメリカでも、チーズ作りのイメージがあるヨーロッパの国でもなく、インドなのだそうだ。

インドは、宗教的理由により肉や魚を食べない人が多い。誰もが食すタンパク源として、豆と並んで乳製品の利用は豊富で、街の家庭でも毎朝搾りたての生乳が届けられて沸かすところから朝が始まっていた。

沸かした後、しばらく置くと上に乳脂肪の層ができるので、これを溜めてギー(精製バター)を作り、残ったミルクでチャイを作る。そんな生乳の届く家庭では、よくヨーグルトも自家製されている。

首都デリー周辺ではヒンディー語のダヒ、南部タミル・ナードゥ州では英語のカードという名前で呼ばれているが、ものとしては同じだ。今回はカードという名で呼ぶことにする。

ミルクを鍋で温めて火を止めた後、前日の残りのカードを少し入れ、そのまま半日放置すると固まっている

カードの作り方はあっけないほど簡単だ。ミルクを鍋で温めて火を止めた後、前日の残りのカードを少し入れ、そのまま半日放置すると固まっている。

日本だと、発酵のために保温が必要だったりするが、放っておくだけで発酵が進むのは暑いインドの気候ゆえか。とにかく、毎日新鮮な牛乳で作られるカードは絶品で、ミルクの豊かな香りと甘みがあり、ちょっとざらっとした舌触りに手作りを感じる。

乳脂肪の層の取り除きが甘い家では、カードの表面にクリームの層ができるのだが、これもまたうまい。工場で作られたパッケージ入りのヨーグルトでは決して真似のできない、個性の世界なのだ。

工場で作られたパッケージ入りのヨーグルトでは決して真似のできない、個性の世界

で、このカードをどうするか。料理や飲み物に使うこともあるが、一番印象的だったのは「カードライス」だ。

私が訪れた南部ポンディシェリに住む家庭では、あらゆるご馳走を差し置いて一家に愛されているのだった。

消化を助けてクールダウン。スパイシーな料理の最後にカードライス

インドの食べ物というと、スパイスを使った辛い料理が思い浮かぶかと思う。実はインドの中でも辛さには地域差があり、この家族がルーツを持つアーンドラ州は特に辛いことで知られている。

パドマ母さんが作る料理はいつもしっかり辛かった

パドマ母さんが作る料理はいつもしっかり辛かった。ご飯、ダール(豆スープ)、ポリヤル(野菜スパイス炒め)、サンバル(酸っぱ辛い豆スープ)、ラッサム(胡椒のきいた酸っぱいスープ)というのが基本のセットで、使う野菜や豆の種類が毎日変わる。

辛さだけでなく、野菜やスパイスの風味が豊かで、ほとんど同じスパイスを組み合わせているはずなのにその味わいは多種多彩。彼女のごはんはいつもおかわりしたくなるおいしさだった。というか、おかずを変えて白いご飯をおかわりして3回食べるのが、この家の食事の「型」になっていた。

「お店だと、すべてのおかずが一気にご飯と出てくるけれど、そうするとご飯の上で全部の味が混ざっちゃう。家では分けて少しずつ食べられるのがいいよね」

という娘の言葉は確かにその通り。お皿にご飯を盛ってポリヤルとサンバルとダールをかけて1回、それからご飯をおかわりしてラッサムをかけて2回目。手でおかずとご飯をまぜ、味を作りながら食べていく。

手でおかずとご飯をまぜ、味を作りながら食べていく

そしてそれを食べ終えると3回目が待っている。カードライスだ。

カードのライス、すなわちヨーグルトごはん。別に食べなければいけないルールはないが、この家族は絶対に欠かさない。だから私もお腹いっぱいなのについ一緒に食べてしまう。

「どんな食事もカードライスがないと終えられないんだよ」

と言いながら、娘は炊飯器からご飯を少々よそい、冷蔵庫から出した冷たいカードをかけ、右手の指先でまぜはじめた。

単にご飯にカードを絡めるのではなく、ぎゅっぎゅと指先で米粒をつぶすようにしながら一体化させる感じ。正直なところ、あまりおいしそうな見た目ではない。

温かいご飯に冷たいカード。皿の上でできあがっていく白い粘土。しかしカードライスにかける彼女の情熱には妙に惹きつけらるものがあり、私も不器用な指先でカードライスをまぜて、口に放り込んだ。

おお、案外いい。

ぬるいご飯を恐れていたが、少し温かいご飯とひえひえのカードがよく混ざり、体になじむちょうどいい温度になっている。またカードの酸味がご飯の甘味で中和され、思いがけぬ好相性。一口食べると、口に残っていたスパイスの味が洗われて、熱くなった体がすっと涼しくなっていくようだった。

父さんも息子も、最後はみんなカードライスで締めている。

「カードライスは、レストランで食べるものではあまりないけれど、家の食事には欠かせない。この地域は夏は40度になるくらい暑いから、体を冷まして食事を終えるのにちょうどいいんだ」と。

クールダウンだけでなく、消化を助けるという話もあるらしい。カードすごい。

カードライス

カードライスの記憶

この一家において、カードライスは特別な地位を占めている。

父さんはひときわ辛いものが好きなのに「一生ライスとダールとカードだけで生きていける」と断言し、日本に住むその弟は、食べたいものを聞かれてもカードライスさえあれば満足。事実日本に住んでいてもカードライスを食べているという。

それほどまでにカードライスが重要なのは、単に体を冷ましてくれるからだけではない。父さんはこう語る。

「ぼくたちが子どもの頃、うちはうんと貧しかったんだ。母は5人の子どもを食べさせるために一生懸命やりくりしていた。
限られたお金で栄養のあるものをと考えた母がよく食べさせてくれていたのが、カードライスだった。小さい時は、母が混ぜて、ぼくたち一人一人の口に運んでくれたんだ」。

遠い目をする。単につらい時代の話であれば、「もう見たくない」とカードライスを封印するだろう。そうではなく、一層の愛着を持って大事にされているのは、懸命に養ってくれた母への尊敬と感謝が兄弟姉妹皆にあるから。カードライスは、真に生きる糧だったのだ。

カードライス

時に美しく、時にやさしく。カードライスのバリエーション

ちなみに、カードライスは「締め」ではなく単体で食事になることもある。タイール・サダム(Thayir Sadam)という料理は、まぜただけのカードライスに、油で熱して香りを出したスパイスをかけ、緑のコリアンダーリーフや赤いざくろの実を散らすから、まるでデザートかのように美しい一皿だ。

まるでデザートかのように美しい一皿

それから、朝食のおかゆにも。これはタミルナード州に住む別の家庭で食べさせてもらったものだが、夕飯に残ったご飯に水をかけて一晩放置し、翌朝ミキサーにかけ、ヨーグルトと塩を混ぜてコリアンダーリーフを散らす。冷たくも熱くもない常温で、うんと胃に軽い。

「一晩おくと発酵してビタミン類が増えるんだよ。ヨーグルトなしで食べてもいいんだけど、入れると体が冷めるんだ」

この料理の名はカンジー(kanji)。英語でおかゆのことをコンジー(congee)というが、その語源となったものだ。インドのおかゆはヨーグルト入りだったなんて!

ヨーグルト入りおかゆ

格別暑い夏、食欲がない時、ヨーグルトライスもいいかもしれない。単に体が涼しくなるだけでなく、ビタミンやタンパク質など、夏バテ気味の体に必要な栄養素もとれる。日本もこう暑くなってくると、インドの食に学べることは多いのかな、なんて思う。

ちなみに日本に住むインド一家からのアドバイスは「日本のご飯は粘り気が強いから一度水洗いしてさらっとさせること」。残暑厳しい季節を、どうか健やかにお過ごしください。

記事を書いた人

岡根谷実里
岡根谷実里

世界の台所探検家。東京大学大学院工学系研究科修士修了後、クックパッド株式会社に勤務し、独立。世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。講演・執筆・研究のほか、全国の小中高校への出張授業も実施。近著に「世界の食卓から社会が見える(大和書房)」。

X(旧Twitter)
@m_okaneya
Instagram
@misatookaneya

OTHERS

よく読まれている記事