クリエイティブで感動的な料理を生みだすシェフや料理人には、必ず尊敬する人や忘れられない思い出など「ささえる存在」があります。それは、毎朝食べるヨーグルトのように当たり前にあるからこそ、あえてメディアで話さなかったことも多くありそうです。
連載「わたしをささえるもの」では、そんな「ささえる存在」に注目し、シェフや料理人の意外な一面や、人生観・仕事観に触れながら、食のプロならではのヨーグルトの意外な使い方や魅力を語ってもらいます。
連載第10回は、2023年12月に2カ月間の改装期間を経てリニューアルオープンしたばかりの東京・豪徳寺にあるモダン・ネパールレストラン「オールド・ネパール(OLD NEPAL)」のオーナーシェフ、本田遼さんです。
2020年に大阪から東京に移転して以来、都内のレストラン勢力図に「モダン・ネパール」という新しい潮流を生みだした本田さんをささえるものは、やはり「ネパール」でした。ネパールに身を捧げると決めたという本田さんは、「ネパールにはポテンシャルがある」といいます。
ネパールで高級レストランを開くために東京で勝負する
小田急線豪徳寺駅前から続くこじんまりとした商店街に建つ「オールド・ネパール」は、コンクリートの壁に木製のガラス枠の扉で、知らずに前を通ればアパレルのセレクトショップと間違えてしまいそうなシンプルモダンな外観が印象的です。
扉を開いて入店するとエントランスから細い廊下が奥にのびています。採光の窓もライトもない薄暗い空間を奥からもれる光に導かれるように進むと、広々としたダイニングが現れます。新しいダイニングはゆったりと10席、以前よりも優雅で洗練されたインテリアがゲストを迎えます。
「ネパールの薄暗い路地の先にあるレストランをイメージしています」というのは、「オールド・ネパール」のオーナーシェフ、本田遼さんです。リニューアルに際して営業形態も変更。以前は、昼は「ダルバート」、夜はネパールの伝統的な家庭料理を本田さん独自の解釈で仕立て、「旅」をテーマに構成したコースを出していました。
ダルバートとは、豆(ダール)と白米(バート)、数種類のアチャール(漬け物)などをワンプレートに盛りつけたネパールの定食のことで、オールド・ネパールの代名詞といえるものでした。しかし改装後はこれをなくし、昼・夜ともにコースのみに変更。昼のダルバートを惜しむ声もあるなか、価格も上げる決断をした本田さんには、「ネパールに身を捧げる」という強い覚悟がありました。
「僕の夢は、ネパールに移住してレストランを開くこと。ただレストランを出すのではなく、客単価が日本円で3万円から4万円の高級店を出すことです。食文化がそれほど発展していないネパールでは、ヒンズー教に基づいたカースト制度も根強く、飲食店で働く料理人の地位が低いんです。僕はそれを変えたい。国外からの旅行者に誇れるローカルな料理を洗練させたレストランを出すことで変えることができると思っています」
大阪の人気店「ダルバート食堂」をまわりに任せ、東京に出てオールド・ネパールを開いたのも、その夢に続く道の通過点でした。大阪ではできなかったコースを通してネパールの食を伝えるというチャレンジのなかで、まずはネパール料理を知ってもらう入り口として出していたランチのダルバートでしたから、東京での3年を経て一つの役目を終えたといえます。
「3年前に東京で始めたときも、自分なりの世界観を表現しきってオープンしたんですよ。しかし、営業しながら東京のいろいろなレストランを食べ歩いていてみると、以前のカフェのような店では、激戦区といえる東京でお客様をおもてなしして1万円以上のお金を払っていただけない。もっと世界観を出していかないと戦えないと感じたのが改装の大きな理由でした」
標高差5,000mの地形に多民族が暮らすネパールのおもしろさ
20代の前半、バックパッカーとして世界を旅していた本田さんは、ネパールの首都カトマンズにいました。カトマンズからヒマラヤ山脈・アンナプルナ山群への登山基地で湖畔の景勝地ポカラに向かうバスの休憩所で、ダルバートを初めて食べたといいます。他のどの国で食べた食事にもなかった、すんなりと身体に入ってくるような味わいに「めっちゃおいしい、なんやこれ!」と驚かされました。
こうしてダルバートに魅了された本田さんは、帰国後、神戸のネパール料理店「ククリ」で働き、ネパール料理にどっぷりとはまっていきます。一方で、料理だけでなく音楽や絵画への関心もあり、料理人だけが本田さんの暮らしの中心ではありませんでした。しかし、27歳頃に人生の岐路を感じるようになると、生涯の職業として「料理人」になることを決意します。
「そのころにはネパールの料理だけでなく国そのものを好きになっていて、年に数回ネパールに行くほどになっていました。音楽や絵は、旅をしながらでは練習ができない。その点で料理人は、旅をしながらつくることができるんですよ。それなら料理一本でいこうと決めたんです」
ネパールのおもしろさは、多様な食文化が混ざりあっていることだと本田さん。たとえば、南部のタライ平原は標高60mですが、北部の山岳部の世界最高峰のエベレストの標高は8,848m。その差は8,000m以上もあります。もちろん人間が暮らせるのは標高5,000mぐらいまでですが、それでもこれほどの標高差に人々が暮らしている国はほとんどありません。さらに民族も多様です。
「だから食も多様で、日本人から見るとおどろかされるような料理もたくさんあります」と本田さん。たとえば標高4,000mの山岳地帯でチベット系民族の家で、小麦粉を練ってちぎったタネを鍋で煮込む岩手県の郷土料理「ひっつみ汁」のような料理の調理風景を見たときにも、日本での料理の常識とは異なる調理法に驚かされました。
「練ってちぎったタネを入れるタイミングが早いんです。そんなに早かったら煮ている間にグズグズになるから、日本ならやらないんですが、できあがってみるとおいしい。沸点の違いなんだと思うのですが、暮らしている環境のなかで適応した調理があることを学びました」
山間部のネパールの家庭で圧力鍋が多く使われているのも、沸点の低い高地で圧力をかけることで鍋の中の温度を100℃になるようにしているのだろうと本田さんはいいます。
ほっておいたらできたネパールのヨーグルト「ダヒ」
ネパールの4,000mの山地で食べたひっつみ鍋のような料理には、うま味を出す食材の一つとして「チュルピ」と呼ばれる乾燥チーズが入っていました。ネパール特有のチーズで、バターミルクを加熱して凝固したカードを作り、さらにカードからホエーを除いた後に四角や円筒状に整形して乾燥させて作った保存食です。
高地の重要なタンパク源で、牛のほか山岳でも生きるウシ科の家畜「ヤク」の乳から作られています。歯ではかみ砕くことはできず、口のなかで1時間ほどかけて溶かして食べることから「世界一硬いチーズ」といわれています。
乳製品はほかにも、ネパールだけでなく南アジアで使われているバターオイル「ギー」や、バターをつくる際に出た脱脂乳「モヒ」などがあります。そして特筆すべきが、これらの乳加工品のもとになっているのがネパールのヨーグルトといえる発酵乳「ダヒ」です。
「ネパールだけでなくインドにもあって作り方もいろいろありますが、基本的には牛や水牛、ヤクの乳を加熱殺菌してから前日のダヒを発酵のスターターとして加えて乳酸発酵させるものです。起源はいろいろありそうですが、僕はきっと搾った乳をほっといたら乳酸発酵してヨーグルトみたいになったんじゃないかと思っています」
さらにネパールには、「ヨーグルトの王様」を意味する「ズーズーダウ」という甘味を加えたヨーグルトもあります。首都カトマンズから東に15㎞ほどにある「バクタプル」という古都の名物料理で、街中の飲食店で注文できます。素焼きの器に入っているので、ほどよく水分が抜けてねっとり濃厚な食感、レアチーズケーキのような味わいで、間食や食後のデザートとして愛食されています。現地では、高価な水牛の乳から作ったズーズーダウが好まれているそうです。
「日本人からしたら『ヨーグルトを水切りして濃厚にして砂糖を加えたらおいしくなるのは当たり前、王様というほどでも……』と考えてしまいますが、20℃くらいの室温でほっといたら、いつのまにか発酵したようなシャバシャバのヨーグルトがネパールのヨーグルトなんです。そういう庶民の生活のなかに自然とあるものが『何だこれ?!』というくらいすごくおいしくなるから『王様』と呼ばれてるんだと思います」
日本で親しまれている食材で代用しながらネパールの食を伝える
ネパールの料理が多様な環境や民族によって生まれたように「ほっといたらできた」ネパールのヨーグルト、ダヒも多数の農耕民族の暮らしに寄り添いながら生まれた食材といえます。
「ネパールの料理も乳製品もこれからの可能性『ポテンシャル』があります。それを洗練させて価値を引き出すことで、今以上に評価が高まる。最初にもお話ししたのですが、僕はネパールの食の価値を上げることで料理人や加工者、生産者の所得を上げたい。それを可能にするだけのポテンシャルがあると思います」
チュルピやズーズーダウ、ダヒをそのまま日本にもってきて伝えることはまだ難しいですが、本田さんが作りつづけたダルバートのように、日本で親しまれている食材で代用しながらネパールの食として伝えることはできます。
「たとえばオールド・ネパールでも、日本のヨーグルトをカチカチになるまで乾燥させてチュルピのようにしたもので出汁をとり麺料理にしています。その麺料理では、自家製の醤油ソースを添えていて、ソースをつけないで食べると標高4,000mの山岳料理、ソースをつけると山から下りた都市・カトマンズの料理に変わっていくような旅を意識した仕立てにしています」
ヨーグルトといえば、インド発祥でネパールでも愛飲されているヨーグルトドリンク「ラッシー」があります。牛乳とヨーグルト、砂糖などを混ぜて飲むのが日本では定番ですが、ネパールやインドなどではダヒをベースにして作ります。そのため日本で飲むラッシーとはテクスチャーが異なります。
現地で飲んだようなダヒのラッシーにするために本田さんは、ヨーグルトと牛乳といった材料をヘラで混ぜたりミキサーを使うなど攪拌方法を試行錯誤してきました。そしてついに辿りついたのがネパールで購入した羽がついた攪拌棒で攪拌する方法です。この棒を両手でこするようにして回転させると、ほどよくヨーグルトの粘性がほぐれてネパールで飲んだようなテクスチャーになります。
「ヨーグルトの上部を混ぜ全体に対流を起こすようなイメージで棒を回転させると理想のテクスチャーになるんです。ご家庭なら、ジャガイモなどを潰すマッシャーなどで代用できると思うので試してみてください」
ヨーグルトの攪拌方法を変えるだけでネパールをより感じられる――。普通の人なら気づかない、または気づかないフリをして見過ごすことを敏感に感じとり、それを埋めようと試行錯誤を繰り返す本田さんによって、まだ誰も知らなかったヨーグルトのポテンシャルが引き出されることになる。新しくなったオールド・ネパールでのヨーグルト料理に注目です。