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科学の反対語は無関心。ヨーグルトへの無関心は、「おいしい」が唯一の切り口になる/樋口直哉さん【わたしをささえるもの】

ヨーグルト愛の人々 2023.08.30

科学の反対語は無関心。ヨーグルトへの無関心は、「おいしい」が唯一の切り口になる/樋口直哉さん【わたしをささえるもの】

クリエイティブで感動的な料理を生みだすシェフや料理人には、必ず尊敬する人や忘れられない思い出などの「ささえる存在」があります。それは、毎朝食べるヨーグルトのように当たり前にあるからこそ、あえてメディアで話さなかったことも多くありそうです。

連載「わたしをささえるもの」では、そんな「ささえる存在」に注目し、シェフや料理人の意外な一面や、人生観・仕事観に触れながら、食のプロならではのヨーグルトの意外な使い方や魅力を語ってもらいます。

連載第5回は、作家・小説家で料理家の樋口直哉さんです。

小説家として『さよなら アメリカ』で2005年の第48回群像新人文学賞を受賞したほか、レシピ本の作家としても『おいしいものには理由がある』(2017年)や『定番の“当たり前”を見直す 新しい料理の教科書』(2019年)などのヒット作が多数あります。さらに企業や自治体と共同で商品開発や、テレビ番組やマンガなどの料理監修も行なうなど、活動は多岐にわたります。

料理の構造や調理行程を現代の目で見直すことで、これまでの常識を刷新する新しいレシピを提案しつづける樋口さんに、ヨーグルトはどんな食材に映るのでしょうか?樋口さんをささえる「調理科学」の視線で分析しながら、“中間の食材”としてのヨーグルトの魅力をたっぷり話してもらいました。

フランス料理以外の料理をつくるために調理科学を学んだ

論理的なレシピや科学的な料理の考察を得意とする樋口直哉さんをささえるものが「調理科学」だと聞くと、なるほど、樋口さんらしいキーワードのように感じます。「著作やレシピに通じることでもあるのですが、それだけじゃないんです」と樋口さんは、調理科学をキーワードにあげた理由を教えてくれました。

「調理科学は、考え方の根底にあるものだと思います。それは、科学は世界を把握するための方法だからです。たとえば、日本全国をまわるなかで生産者の方と話をすることがありますが、調理科学を学んでいればより深くお話を聞けます。科学は国籍や立場が違っても普遍的な『共通言語』。理解していればより解像度高く世界を知ることができるんです」

樋口さんが「調理科学という共通言語」を実感したのは、20代後半で母校の「服部栄養専門学校」(東京・新宿)の手伝いをするようになったことがきっかけでした。それまでフランス料理を専門にしてきた樋口さんでしたが、学校の仕事では、専門外である日本料理や中国料理をつくることになります。

「部外者ですからつくってみてダメだと、けちょんけちょんにいわれるかもしれない。これは勉強する必要があると思いました」と樋口さん。しかし、さまざまなジャンルを一つひとつ学んでいく時間はありません。何か短い時間で学べる方法がないか探していたときに出会ったのが、アメリカの作家ハロルド・マギー氏が著した調理科学の決定版的事典『マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで』でした。

マギー氏は、アメリカのカリフォルニア大学とエール大学で、当初は天文学を専攻し、後に文学を専攻するようになり博士号を取得。その後、食品科学を専門とするフードライターになった異色の経歴の持ち主です。

天文学や文学、科学・化学を横断しながら世界の真理を追求しているマギー氏の姿勢は、「これこそ僕がやりたいことだ!」と直感したものでした。調理科学の研究者でもなく、レストランのシェフでもない樋口さんが、その間を繋ぐ何かを書くことができるのではないかと感じさせる運命的な出会いだったのです。

「仕事をしていて感じたのは、シェフによって言っていることが違うということ。それぞれに求める仕上がりがあって、それに応じてさまざまな選択をしているからなのですが、調理科学、つまり原理原則がわかっていれば、なぜそのアプローチをとっているのかがわかるようになるんです。マギーさんの本に出会って、頭のなかにあった霧が晴れた感じがしました」

フランス料理以外の料理をつくるために調理科学を学んだ
フランス料理以外の料理をつくるために調理科学を学んだ
フランス料理以外の料理をつくるために調理科学を学んだ

日本料理はうま味と塩味なので酸味が入る余地が少なかった

調理科学の視線でヨーグルトは、どのように見えるのでしょうか。「とろみの違いと酸味に注目してほしい」という樋口さんは、まずはヨーグルトの製造方法を理解することから考えてほしいといいます。

加熱した乳を発酵温度まで冷ましてから乳酸菌を加えると、酸凝固が起こります。これによってたんぱく質が網目状にネットワークを張り、とろみが生まれます。なお、ヨーグルトのとろみ具合は発酵温度に関係しています。温度が高いと発酵が早く進みますが、たんぱく質のネットワークが粗くなるのでとろみがゆるくなり、温度が低いと発酵はゆっくりですがたんぱく質のネットワークは密になるのでとろみが強くなります。

「濃度はメーカーごとに異なるので、じつはヨーグルトで家庭向けのレシピをつくろうとすると難しいんですよ」と樋口さん。また、酸味については、ここ5、6年ぐらいの世界の料理の流れのなかから酸の重要性が増しているといいます。

「2010年代にコペンハーゲンの『noma』をはじめとする北欧のレストランが台頭しだしてから、料理における酸の重要性が再評価されてきました。つくる方としては、酸の選択肢は広い方がいい。柑橘などのクエン酸や、ヴィネガーなどの酢酸、ワインなどに含まれる酒石酸といったさまざまな酸があるなかで、ヨーグルトの乳酸はその酸のバリエーションを広げるものとして重宝されています」

しかし日本の家庭では、レストランほど酸のバリエーションが要求されないこともあり、ヨーグルトを料理に使おうとする発想がまだありません。とくに日本料理は、うま味と塩味、または甘味と塩味のバランスで料理を構築していく場合が多いので、家庭で酸味がそれほど重要視されないのは、味の構成として入る余地がなかったのかもしれません。

「日本料理でも二杯酢や三杯酢など酢の酸味を生かした料理はありますが、最近ではあまりつくられなくなりました。酸味が苦手という人も多いでしょう。ヨーグルトの乳酸は、日本人にとっては漬物の酸味です。馴染みのある味ではあるので、今後、日本の家庭料理でヨーグルトが活躍する可能性は充分にあります」

日本料理はうま味と塩味なので酸味が入る余地が少なかった
日本料理はうま味と塩味なので酸味が入る余地が少なかった
日本料理はうま味と塩味なので酸味が入る余地が少なかった

酸と油がある料理にヨーグルトはだいたい使える

じっさいにレシピを考案していくなかで樋口さんは、ヨーグルトは、生クリームのような使い方と、チーズのような使い方の中間にあるおもしろい食材だと感じています。

「さきほどもお話ししたように、ヨーグルトのとろみをどう使っていくかがポイントです。中東料理のヨーグルトの使い方。水切りしたヨーグルトを自在に使いこなしているのがおもしろいと思う点です」

「鍋のなかで加熱をすることで凝縮したおいしさをつくっていく」のが西洋料理だと樋口さんはいいます。しかし、その凝縮を加熱ではなく、水を切ることで生みだしているのが西洋料理にはない発想だといいます。

ほかにドレッシングを考えてみると、たとえばオリーブオイルとレモン、塩でドレッシングの基本ができます。味の構成要素としては、油と酸味、塩味になります。この油と酸の要素をヨーグルトにすると、ヨーグルトのドレッシングになります。ヨーグルトに塩とハーブやスパイスを加えたインド料理のライタがその一例です。

「酸と油がある料理には、だいたい使えるんですよ。冷製パスタのオリーブオイルの一部をヨーグルトに変えるとコクとまろやかさ、酸味が加わっておいしくなります。そういう意味でヨーグルトってのはすごく中間的な、牛乳とチーズの中間だけでなく、全体をまとめる存在として、さまざまな橋渡しができると思います」

取材のときに出してくれたのは、ヨーグルトのソルベ。ヨーグルトに砂糖を加えただけのアイスは、ヨーグルト独特の酸味で、想像以上に、酸味がしっかり利いていて口の中がさっぱりとなる、生クリームのアイスクリームでは得られない爽やかなデザートになっています。

「僕はヨーグルトが好きで、わりとレシピをつくっています。それは、ヨーグルト自体の味を多くの人が知っているので、味の想像がつくからです。そのことがレシピに挑戦するハードルを下げてくれます。また、その先にその想像を超える味にすることで『思ったよりおいしくなる』という体験が得やすいんです。それにヨーグルトを50g使うレシピをつくったとしても、ヨーグルトなら余らせて残ってもみなさん食べ方を知っていますから。冷蔵庫にある食材として使いやすいんです」

酸と油がある料理にヨーグルトはだいたい使える
酸と油がある料理にヨーグルトはだいたい使える
酸と油がある料理にヨーグルトはだいたい使える

おいしいの感動が知るきっかけを生みだす

調理科学では、乳製品のなかでも特徴的な食材であるヨーグルトなのに、そのまま食べる、またはジャムやフルーツと合わせて朝食に食べる以外の選択は、なぜ生まれないのでしょうか。樋口さんは、それを「ヨーグルトについて無関心だから」だといいます。

「科学は、物事を深く知ろうとする心で、世界を知る方法だと思うんです。本当に好きであれば、深く知ろうと思うだろうし、それが科学的な思考の根底にあると思います。そうすると科学の反対は、知ろうと思わない無関心とも言えます。そもそも乳製品自体に、日本人はあまり興味がなのではないでしょうか」

2010年代に入って、国産バターの不足や、近年では牛乳の余剰・大量廃棄というニュースを聞くようになりました。一方、ニュースの背景にある流通の仕組みまで興味が向かわなかったり、牛乳からバターがどうやってつくられるか自体を知る人も少なくなっています。

「誰が悪いとかこの仕組みが悪いではなくて、みんなが無関心でいないためにも、ただ話しあうときだと思うんです。そして話しあうきっかけは、やっぱりおいしいっていう感覚が唯一の切り口になると思っています。僕は産地にいって、その生産者が出してくれた食材を食べたときに、本当においしいと感じます。心が動くんです。心が動かないと行動って変わらないじゃないですか。『おいしい』から話しあいをしたいですね」

大概の物事の答えは、Aの意見とBの意見の中間にあると樋口さん。それは、YESかNOで判断しづらい、グラデーションのなかに真実があるからこそ、お互いを理解しながら、中間に自分を置くことが必要で、それはAかBの立場を定義し意見をいいあう議論ではないといいます。

「『マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで』の著者、マギーさんのモットーは『Je sais, je sais que je sais jamais.(私は私自身が知らなかったということを知ることができた)』だそうです。それがやっぱり科学の本質だと思います。完全に理解することなんてありえないのだから、今起こっていることが何であれ、学ぶべきだと思うんです」

「両者の間を橋渡しすることで、いろんな垣根や問題を解決できるんじゃないかと思ってるんです」という樋口さんが、一瞬青と白のパッケージのヨーグルトに見えたのは、私たちの見間違いだったのでしょうか。冗談はさておき、食材として中間にあるヨーグルトは、乳製品に対して無関心な私たち日本人が、樋口さんのいう「話しあい」をするための格好のテーマになるのかもしれません。

話をしてくれた人

樋口直哉

樋口直哉

1981年生まれ、東京都出身。服部栄養専門学校卒業後、飲食店でシェフを務めた後、2005年『さよなら アメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞し作家デビュー。他の著書に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(KADOKAWA)、料理本『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)などがある。

note
https://note.com/travelingfoodlab
twitter
@naoya_foodlab
YouTube(樋口直哉の料理論[Cooking theory])
https://www.youtube.com/@Naoya-cooking

フォトグラファー

大城為喜

滋賀県甲賀市出身。ポートレート、ライフスタイル系メディアなどを中心に活動。

Webサイト
https://www.oshirotameki.com/

記事を書いた人

江六前一郎
江六前一郎

千葉県八千代市生まれ。食の編集者。2012年から7年間、食の専門誌『料理王国』の編集部に在籍し、のべ400店以上の飲食店を取材した。副編集長も経験。2020年からフリーに。雑誌・web、地方自治体や企業のオウンドメディアの企画・編集・執筆を通して、レストラン体験の素晴らしさやシェフの個性や独創性を広く伝えることを目指す。

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