塩味でさっぱり。食欲を増幅するブルガリアのアイリャン
ブルガリアに滞在していたのは、やっぱり暑い初夏のことだった。この時期はひまわりやバラが咲き誇って美しく、滞在先の家族が「ドライブに行こう」と連れ出してくれた。
道中泊まったレストランで家族が注文したのは、お肉のグリルなど。「こんなに暑いと肉を食べる食欲はわかないよ...」と思ったものの、皆の分まとめて注文してくれているのだからそうも言い出せない。「飲み物はアイリャンをピッチャーで!」と飲み物まで自動的に注文された。
アイリャンとは、飲むヨーグルトなのだが、さっぱりした塩味が特長だ。
まず運ばれてきたのはアイリャン。素焼きのピッチャーに白い液体が入っている。そしてジュージュー音を立てて運ばれてきた肉のグリル。それからチーズたっぷりのイモのグリルなど。いいにおい!さっきまでの弱気な気持ちはどこへやら、においに俄然胃袋をつかまれた。
料理はそれなりに脂っぽいのだけれど、アイリャンを流し込むと、不思議とさっぱりしてどんどんいけてしまう。ヨーグルトを薄めたものなのでさらっとしていて、わずかな塩気が効いていて、肉の脂っぽさをさっぱりさせると同時に体をクールダウンしてくれる。体が求めていたものが全部詰まっているのだ。
この時以来、すっかりアイリャンのファンになった。街角のお店でも駅のキオスクでもどこでも売っていて、暑い日に水がわりに飲んでしまう。
バケツで固めてコップで飲む!モンゴルのタラグ
バケツの蓋を開けると、今日も表面がつるんとしたヨーグルトがしっかり固まっている。父さんは、そこにプラスチックのひしゃくをぐいっと入れ、ガラスのコップにとぽとぽとぽと注いでくれた。「今日のタラグだ」といって突き出してくる。受け取って飲む。ああ、うまい。
ミルクの匂いがしっかりしているけれど、食べ慣れたヨーグルトより脂肪分が低くてさらっとしているから、ぐいぐい飲めてしまう。スプーンを持ってこようかなと思ったけれど、やはり今日もそのまま飲み干した。
このバケツヨーグルトの国は、遊牧の国モンゴル。私が滞在していた家庭は、街に近いこともあって遊牧生活ではなく定住していたが、それでも家畜は大事な生活の糧。10頭ほどの牛を家の周りで放牧しており、毎朝毎晩牛の乳を搾って乳加工して売ることで生計を立てていた。
朝起きたらまず搾乳。父さんと母さんで分担して搾る。搾った生乳は、家の庭にある乳加工専用の小屋に運びこむ。脂肪分を分離させた後、残りの脱脂乳に前日の残りの菌を加えて、ひしゃくですくい落とすようにしてよく混ぜて、半日置いて発酵させる。
モンゴル語でタラグ。馴染みのある言葉で言うとヨーグルト。低脂肪なのでさらっとしているかと思いきや、大自然でのびのび育った牛のとれたてミルクだからなのか、味と風味がしっかりある。
タラグは、売るだけでなく自分たちも飲む。私が毎日タラグを飲みたがるものだから、そのうち父さんは「今日の分だ」と言って渡してくれるようになっていた。ちなみに、ここの人たちはタラグを「食べる」ではなく「飲む」という。飲み物なのだ。
草原の暮らしは、朝晩の一日二食が基本で、日中は馬乳酒やスーテーツァイ(ミルクティー)、それからタラグを飲んで過ごす。言い換えると、飲むのが食事代わりになっている。どうも、「食べる」と「飲む」の境界が曖昧だ。
“さらさら系”飲むヨーグルトで、厳しい夏を健やかに
飲むヨーグルトというと、甘くてとろっとしていてデザートのようなものと思い込んでいたから「暑い日に飲みたいものでは...」と思ったけれど、世界で出会ったさらさら飲むヨーグルトは、各地の厳しい夏を健やかに過ごせる形に進化していた。
暑い夏の「飲むヨーグルト」のヒントは、以下だ。
- さらっとさせる(脂肪分が低いまたは水で薄める)
- 炭酸やスパイスや塩で引き締める(インドのバターミルクはクミンなどのスパイスを入れることもある)
- よく冷やすけれど冷やしすぎない(キンキンに冷やすよりも、プラスチック樽や素焼きピッチャーで冷やされたくらいが体に馴染む)
どんな飲むヨーグルトを作ろうかなあなんて考え始めたら、気が重かった夏の暑さが、なんだか楽しみになってきてしまった。
※国際機関の定める厳密な定義では「ヨーグルト」と呼ぶには発酵に使用する菌の規定があるが、このエッセイでは日本の慣習に従って、菌の種類は問わず広く「ヨーグルト=発酵乳」とすることをご容赦いただきたい。