モロッコの夕暮れ時を歩いている時だった。もっちりしたヨーグルトに出会ったのだ。今まで食べたどのヨーグルトとも違っていて、食べ応えがあるのに軽やかにすっと体に染み入るようで、虜になってしまった。
すでに暑い春のモロッコ、夕方の散歩
モロッコは、北アフリカに位置する。アラビア語を話すイスラム教の国だが、アラブ勢力が及んだ西端だったこともあって、他のアラブ系の国々とは一線を画した独自文化を持つ。
とんがり頭の鍋で調理するタジンや、世界一小さいパスタと言われるクスクスを食べ、コーヒーではなくミントティーを飲む。料理はスパイスは使うけれど辛くはなく、外国人の口にも合う。
食べものがおいしくて晴れの日が多く、さらにヨーロッパから近いとあって、マラケシュの街はヨーロッパからの観光客だらけ。バスに小一時間揺られて郊外の街に着くと、打って変わって静かでようやく息がつけた。この街の家庭に、数日滞在させてもらった。
時は4月。まだ春だが、日中は30度以上になり、じりじりと暑い。夕方になって歩きやすい気温になったので、「ちょっと出かけようか」という同年代の息子氏の言葉に誘われて散歩に出た。
通りに出ると、暑さがすっと引いて、もうどこまででも歩いていけそうなくらい気持ちいい。30分ほど歩いて、市場で果物を買った。

その帰り道のこと。心地よい風に吹かれ、冷たいものでも食べたいなと思っていた矢先、その気持ちが伝わったかのように「おやつにしよう」とジューススタンドに誘われた。

注文は迷わずライブ。欲していたすべてが詰まったおやつ
彼はたった一つの丸テーブルを指して「ここに座ってて」と言うなりカウンターに向かった。長々と書かれたジュースのメニューには目もくれず、「ライブ(Raïb)」と注文する。ライブって、どんなジュースなんだろうか。

テーブルに置かれたのは、真っ白い液体の入ったグラス。しかし液体の割には硬くて、突き刺したスプーンが直立不動で立っている。表面がざらっとして見えるから、フラッペのように細かい氷入りなのだろうか。
「好きかどうかわからないけど、とりあえず一口食べてみて」。そう言われてスプーンを手に取る。フラッペのつもりですくおうとすると、思いのほか弾力があってスプーンからぷるりと逃れようとする。
ぐいっとすくい直して口に運ぶ。もっちりしたヨーグルトだ!

食感はやわらかめのわらび餅のようで、もちもちとぷるぷるを兼ね備えた感じ。食べ慣れたヨーグルトよりも酸味は穏やかで、控えめなはちみつの甘みとオレンジフラワーウォーターの華やかな香りは、ミルクの風味をかき消すことなくやさしく全体をまとめ上げている。
爽やかでありながら酸っぱすぎず甘すぎず、さらに冷たすぎず、食感も楽しくて、欲していたすべてが詰まったようなおやつに夢中になってしまった。
「気に入ってよかった」と微笑む彼。私が気に入るかどうかわからないからと一つだけ頼んでくれていたのだが、結局譲り合いと欲望の駆け引きをしながら、争うように半分ずつ食べた。
やみつきの味!ヨーグルトと似て非なる「ライブ」の正体とは?
「ライブは他の店でも売っているけれど、ここのが一番好きなんだ。甘さと硬さがちょうどいいからね」。
なるほど、ライブの中でも幅があるのか。「家で作ることもあるの?」やはり家での事情が気になって聞いてみた。
「作るよ。特にラマダン(断食月)中だね。果物をのせたりして、日の出前の食事に食べるんだ」
なるほどたしかに、するっと食べられて栄養があってそれなりにお腹にたまるから、早朝の食事にちょうどよさそうだ。
あまりに気に入って作り方を聞いてみたが、牛乳を温めてスターターを加えて、半日発酵させると言うから、ヨーグルトと何ら変わらない。それでなぜこのもっちり食感になるのか。
気になって色々調べてみても、何が違うのかいまいちわからない。
インターネット情報によると、ヨーグルトとは発酵の菌が異なるようで、粉乳を加えるとか水切りするなんていうレシピも出てきた。すっきりしないが、とにかくヨーグルトとは一線を画したもっちり食感はライブにしかない心地よさなのだ。
「ねえ、ライブ、お店で買えたりしない?」。毎日でも食べたい気持ちになって、聞いてみた。
「パッケージ入りの大量生産品があるよ。家の手作りや、こういう店の味とは別物で、添加物入りだし甘すぎておすすめしないけどね」
おすすめしないと言われても、あるとわかったら食べるしかない。この後の滞在期間中、バスでの長距離移動の機会を狙ってせっせとライブを買って食べた。
確かに、ジューススタンドで食べたような豊かな風味と爽やかさはなかった。けれど他で見たことのないラインナップで、これはこれで面白いので紹介したい。
モロッコのメジャーブランドはざくろ味の「Raïbi(ライビ)」
パッケージ入りのライブで定番はこれ、と教えられたのは「Raïbi(ライビ)」。ライブ(Raïb)にiがついて、なんだかかわいらしい。
ライブやヨーグルトを買うのはたいてい街の商店や売店なのだが、ライビはどこの店にも必ず並んでいたから相当定番なのだろう。早朝バス移動の際、発車2分前に急いで売店で買ってバスに飛び乗った。
パッケージからわかる通りざくろ味だが、当然と言おうか原材料にざくろは書かれていない。

ヨーグルトのようなコップのような容器を手に、飲むのか食べるのかスプーンが必要なのかと迷いながら開けてみると、思いのほかさらっとしている。飲むヨーグルトのように飲めそうだ。
色は風船ガムを思わせる鮮やかなピンク。子どもがよく手にしているから、そういう部類の食べものなのかもしれない。

味は、フルーツ香料味のヨーグルト。しっかり甘くて、普通のヨーグルト以上にさらっとしていて、悪くないけれど「あのもっちりライブは...」と、ジューススタンドの味が恋しくなった。
もったり濃厚。アボカド&アーモンド味のボトル入りライブ
気持ちのやり場がなく、8時間のバス移動の休憩スポットで、別のライブを買ってみた。
この商店は冷蔵ケースがカウンター内にあるので、自分で見て選ぶことができず、どんな商品があるのかわからないままに「ライブください」と頼んでみた。渡されたのが、これ。

容器のイラストから判断するに、アボカドとアーモンド味のライブなのかもしれない。容器は明らかに食べるのではなくドリンク仕様だ。予想していたものと全然違う。
原材料欄を翻訳してみたら、当然のごとくアボカドもアーモンドも入っていない。蓋を開けると、暗闇で光りそうな緑色をしている。飲もうと口をつけたものの、もったりとしていてなかなか落ちて来ず、この硬さは期待できそうだぞと一層天を仰いだ。

もっちりではないけれど、これはこれで楽しい。味は、アーモンド香料の風味があり、アボカドがどこにいるのかわからないがしっかり甘い。昼食を買い損ねたのだが、飲み応えがあって十分お腹を満たしてくれた。
二種類のパッケージ入りライブは、それぞれ独自の楽しみがあるけれど、確かに彼の言っていた通り、フレッシュなライブとは別物だと理解したのだった。
あのおいしさをもう一度…!最後の望みをかけたバニラ風味のライブ
そうしてモロッコ滞在最終日。空港に向かう途中、懲りずにどうしてももう一度ライブが飲みたくて、途中の売店で最後の「ライブください」を発した。渡されたのは、これ。

バニラ味である。ざくろやアボカドアーモンドのようにエキゾチックなものではなく、ミルクのミルクの風味も感じられそうで期待ができる。ようやく最後にまたあのライブが味わえるのではないか。
しかし開けて飲んでみると、バニラ味の飲むヨーグルト。ヨーグルトとの違いは、酸味が少ないことだろうか。ライブって書いてあるのに…。
ともあれ、これで納得した。やはり工業的な製法で作るものは、小さな店のものには敵わない。文献によると、製法自体も違うようだ。今度モロッコに行ったら、ぜひとも家庭でライブの作り方を教わりたいものだ。