ヨーグルトといったら、どんな食感を想像するだろうか。
「とろっと」は人気者。クリーミーでなめらかな食感のヨーグルトは、朝食だけでなくデザートにもうってつけだ。近年は、なめらかさを売りにする商品がふえた気がする。
「ぷるん」も私は好きだ。子どもの頃の給食で出たカップヨーグルトは、寒天で固めたようにぷるんとしていた。大人になってからは食べる機会は減ったものの、ホテルの朝定食などでついてくると、なつかしくてつい紙スプーンをさがしてしまう。
でも、カチカチは想定外。「カチカチにかたいヨーグルト」に出会ったときは、驚いて歯をうたがった。
その石のようなヨーグルトにはじめて出会ったのは、ウズベキスタンでのこと。その後、キルギスでもタジキスタンでもカザフスタンでも出会ったから、この地域一帯で食べられているのだろう。
国の名前を聞いても「それどこ?」とピンとこないかもしれないが、中央アジアと言われる地域だ。地図を広げるとユーラシア大陸の真ん中よりやや下あたり、“スタンの国々”があつまった海なしエリアが中央アジア。このあたりは、遊牧文化に基づく乳製品が多くある地域だ。
山道を3時間のドライブ
ウズベキスタンの首都タシケントに降り立ったのは、緑が美しい初夏のこと。空港の建物から出て、約束の家庭に向かうのにタクシーをさがす。客引きがすごいので、さがしていないふりをして「安いなら乗るけど?」みたいな態度で交渉する。いい値段のタクシー運転手を見つけ、出発した。
タシケントはソ連時代の巨大な建物が立ち並び、予想以上の大都会だった。しかしそんな都会風景はわりとすぐに終わり、右も左も畑が続くゆるやかな山道に。目的の家までは、3時間の道のり。タクシーで3時間って日本だったらとんだ富豪のようだけれど、ここでは「バスに乗るよりは贅沢したかな」くらいのこと。5,000円はしなかったと思う。
はじめは運転手さんに話しかけようと試みた。異国の地に着いたのがうれしくて、会話したかったのだ。しかし彼の英語はたどたどしく、私のウズベク語・ロシア語は赤ちゃんレベル。会話はそう長くは続かず、外を眺めることにした。あと2時間半か。
そのうちうとうとして、気づいたら寝ていた。車のドアのバタンという音で目が覚める。運転手の彼が車の外に出て行ったところだった。
…道端で何か売ってる!
あらゆる食べ物が気になる私は、あわてて飛び起きて車の外に出た。道端に、木のテーブルを出した「お店」をやっているではないか。
売られているのは、袋に入った白い球体。ビー玉みたいなサイズで、表面はざらざらしいる。何かわからないけれど、キャンディみたいだ。「ミルキー」だ。運転手の彼は、10粒ほど袋に入れ、お店の人がはかりにのせて伝えた金額を払って車に戻った。慌てて私も車に戻る。寝起きの瞬発力で、自分の分を買いそびれた。
運転手の彼は、ひと粒口に入れてアクセルを踏んだ。私にもひと粒くれた。ラフマット(ありがとう)。その「ミルキー」似のキャンディを口に入れる。何を隠そう、私は「ミルキー」の大ファンだ。大好きなあのやさしいミルク味に、異国の道端で出会えるなんて。
パクッ。
しょっぱ!
なんということだ。あまくないどころか、しょっぱい。そして「ミルキー」のようにやわらかくもなく、かたい。乳製品の風味はするけれど、今まで自分が味わったどの乳製品とも違う。
でも、驚きが通り過ぎると、そのしょっぱい酸味の虜になった。あまい乳製品よりも乳らしさが生き生きしている。しょっぱいから少しずつ口の中で溶かして楽しめる。カラッとした暑い気候にあう。
「クルトだ」
そう運転手のお兄ちゃんは教えてくれた。私が気に入ったのをみて、もう2粒くれた。
「クルトは、腐る心配がないし塩分も補給できるから、昔は遊牧民族の携帯食だったんだ。いまは他に食べられるものがたくさんあるけどね」
食べ物の会話になると、彼の英語混じりウズベク語も理解できるから不思議だ。私の耳は相当食いしん坊だ。彼は続ける。
「口に入れてしばらくずっとしゃぶっていられるから、ドライブの眠気覚ましや映画を観る時にぴったりなんだ」
なんと、遊牧民の携帯食が、映画鑑賞のポップコーン代わりに進化するなんて!
クルトができるまで
後々家庭で教えてもらったところによると、このクルトはヨーグルトを水切りして丸めたのを天日干しして作られる。
しょっぱいのは、水切りを進めるために塩を入れるからだろう。むかしから遊牧が行われてきたこの中央アジアは、乳製品が豊富だ。とろっとしたヨーグルトはカタクと呼ばれるけれど、そのまま食べたり料理に使われるだけでなく、さらにクルトに加工して保存のきくスナック菓子としても親しまれているのだ。
「丸めているうちについつまみ食いしちゃうし、数日干す間も乾ききる前に食べちゃうから、できあがるまでにけっこう減っちゃう」
そう家の人は教えてくれた。私はクルト作りのタイミングに居合わせることはできなかったのだけれど、昨日干しはじめたばかりというクルトをもらったら、まだしっとりしていて、ほろっとくずれてまたうまい。
昔から食べられていた食べ物が、文脈を変えて現代生活に受け入れられることはしばしばある。
考えてみれば、クルトは低糖質で高タンパク。スナック菓子と比べて油脂分もすくないし、たくさん食べられないから結果的に低カロリー。塩分は気になるけれど、市場に行くと塩分の少ないタイプも多くある。
ついでに胡椒やパプリカなどのスパイスやハーブが入ったものもあり、形も大小様々で、そのバリエーションは止まるところを知らない。中央アジアに滞在中、子どもにおやつとしてわけてもらったり、牛を飼う家庭で自家製の物をいただいたり、とにかくクルトざんまいだった。
カチカチのヨーグルト。日本の気候で作ろうと思ったけれど、この湿気でしっかり乾くのか不安でまだ試みていない。
中央アジアでも、クルトを作るのは最も乾いた5〜7月頃だと言っていた。遊牧文化とカラッとした気候があって生まれた、あの土地らしい乳製品だなと思う。クルトのことを語るたび、あの抜けるような青空とドライブを思い出す。
ところで、カチカチのヨーグルトがあるのは中央アジアだけではなかった。中東のヨルダンではにぎりこぶしより大きなカチコチヨーグルト「ジャミード」に出会い、モンゴルではせっけんのような四角いカチコチの「アーロル」に出会った。
それらは食感だけでなく、使われ方も味わいもそれぞれ異なる。「ヨーグルト=とろっとorぷるん」と思いこんでいた私は、衝撃的に広いヨーグルトの世界に呆然とした。これらはまた別の機会に紹介したい。