中央アジアという地域は日本ではまだあまり知られていない地域ですが、ここには驚くほど豊かなヨーグルトなどの乳製品の食文化が広がっています。
どのような乳製品があるか紹介する前に、まずは中央アジアという地域がどんなところなのか簡単に見ていこうと思います。
中央アジアとは?シルクロードと草原の道がつなぐ遊牧民と5つの共和国
現在の中央アジアには、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの5つの共和国がありますが、1991年までこれらの国々はソ連を構成する共和国でした。
地域別に見てみると、中央アジア南部は砂漠とオアシスが広がり、定住民が農耕や交易を行っていました。かつてはオアシスの道(シルクロード)のルートという東西交流のルートにあたり、さまざまな民族や文化が行き交う文明の十字路でした。
一方、北部は広大な草原(ステップ)が広がり、遊牧民が活躍する舞台でした。こちらも「草原の道」として、もうひとつの東西交流のルートでもありました。
このうち、キルギスやカザフスタンは遊牧の伝統を受けつぐ食文化を持っています。
もともと遊牧民は、羊、馬、牛といった家畜を移動させながら牧畜を行うという生活スタイルなので、家畜の肉やミルクから作られる乳製品が彼らの重要な食材となっています。
とはいえ、現在では定住化が進められているので、純粋な遊牧民の食生活も見られなくなってきています。
夏の乳製品に冬の肉、家畜と共に生きる。遊牧民の高度な食文化
遊牧民の食の中心となる肉は、屠畜をして煮たりして食べるほか、冬を前にして腸詰など保存食に加工して、冬の間の食料とします。
もうひとつの食の中心は乳製品です。
遊牧民が持続的な生活を送るためには、財産である家畜の肉を消費してしまうより、乳を加工して乳製品として食べたり飲んだりする方が重視されるのです。
ただし、乳製品の材料である乳もいつでも手に入るものではありません。
乳は子どもを育てるために母親が泌乳し、その乳を利用します。
そこで、春になり、草原に草が生えてきて、子育てに適したシーズンに子どもが生まれるように生殖の管理をしています。その時に得た乳を加工して夏の間の食料としているのです。
遊牧民という生活は、自然のままに暮らしているようなイメージがありますが、夏の乳製品、冬の肉といったように一年を通じて安定して食料を得ることができるような、実は高度な食文化を持った人たちだと言うことができるでしょう。
中央アジア遊牧民の豊かな乳製品の世界
さて日本では乳製品というと、チーズ、バター、ヨーグルトといった分類がまずあげられますが、中央アジアではさまざまなバリエーションの乳製品があって、日本のような分類では分類しづらい乳製品もたくさんあります。
ここではキルギスの事例でいくつかの乳製品を紹介してみようと思います。
クリーム・バターの加工
加熱した生乳を手回し式の遠心分離機にかけると、乳脂肪分を集めたカイマックと、脱脂乳に分かれます。
カイマックは無塩バターより軽い味わいで、キルギスやカザフスタンの伝統的な揚げパンと一緒に食べるととてもおいしいです。
ただし、カイマックはそれほど日持ちしないので、別の乳製品に加工していきます。
カイマックを加熱すると液体部分と、残り滓に分離します。
この液体がサル・マイというバターオイルとなり、保存性の良い乳製品となります。
残り滓はチュボゴと呼ばれ、タルカンと呼ばれる大麦を炒ったものと混ぜ合わせて、お菓子として食べます。
ヨーグルト・チーズの加工
加熱した生乳に、前に作っておいたヨーグルトを少量加えて静置すると、アイランというヨーグルトができあがります。
風味も日本のヨーグルトとほとんど同じものですが、あまり日持ちしないので、布袋で脱水してスズメというしっとりしたヨーグルトともチーズともいえる乳製品に加工します。
水切りしたヨーグルトであるスズメは、ドライフルーツと一緒に食べるのがおすすめです。
ただし、スズメも保存性が良くないので、別の乳製品に加工します。
スズメを加熱濃縮して塩を加え、ピンポン玉のように丸く整形して天日乾燥させるとクルトという固いチーズができあがります。
とても塩辛くて酸っぱい味わいです。クルトは長期保存に適した乳製品となるので遊牧民にとって貴重な栄養源ともなっています。
馬乳酒
馬乳は牛乳より乳糖を多く含むため、これを乳酸発酵とアルコール発酵させてクムズという馬乳酒に加工します。
とても酸っぱい味で、酒といってもアルコールは1〜2.5%とわずかなので、現地では子どもでも飲む健康飲料として親しまれています。
ヨーグルトを使った料理
中央アジアでは遊牧民だけでなく、シルクロード沿いのオアシスなどに定住する人たちの間でもヨーグルトを使った料理は一般的です。
ウズベキスタンではチャロップという冷たいヨーグルトスープがあります。
チャロップには刻んだきゅうりなどの野菜が入っていて、爽やかな味わいです。
また、タジキスタンには、先ほど紹介したチーズ「クルト」を溶かしたスープで作るクルトブという料理があります。
木製の大皿にパイ生地のナンをちぎって入れ、その上にたっぷりの野菜を乗せてから温かいクルトのスープをかけます。
さらに溶かしバターをかけるとできあがりです。クルトの酸味と塩味が野菜とパンと混ざり合う味です。
ヨーグルトなどの豊富な「白い食品(乳製品)」が中央アジアの食を支える
ここまで中央アジアの遊牧民の伝統を受け継ぐキルギスを中心に中央アジアのいくつかの乳製品を紹介してきました。
実際に現地のバザールやスーパーマーケットの乳製品売り場を歩いてみると、どれも白い食品ばかりで一見すると区別がつきにくいですが、このようなさまざまな乳製品があることを調べていくと、中央アジアの食文化の豊かさが見えてくるかもしれません。