こんにちは、ヨーグルトマニアの向井智香(むかいちか)です。
近年の急激なインバウンド需要に揺れる北海道のリゾート地、ニセコ。
蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山を東に臨むこの町に、ご当地ヨーグルトを製造販売する六次化牧場「ニセコ髙橋牧場」があります。
なかでもこちらの飲むヨーグルトは絶品。世界の美味を集めたセレクトショップ「DEAN & DELUCA」にも採用されており、素材や製法へのこだわりが光ります。
そこで5月末、商品が誕生した背景を学ぶべく、見学にお邪魔させていただきました。

ニセコで出会う、牧場の絶品手しごとヨーグルト
ニセコは札幌から車で約2時間。芝生や木々の緑にパッと映える真っ赤な建物たち。

ニセコ髙橋牧場さんの敷地には牧場、工房、ショップ、レストランと複数の施設があり、ヨーグルトはその中の「ヨーグルト工房」で製造されています。

一般の方は立ち入ることができませんが、窓から様子を覗くことができます。
左手に並んでいるのはヨーグルトを発酵させるタンク。

お伺いしたのは10時過ぎで、製造を終えて清掃が行われている時間帯でした。
ヨーグルトはもちろん自社牧場の生乳を使用。製造は週2〜5回で、1回につき150mlを約2,000本、500mlを約1,300本つくっているそうです。
製造頻度にかなりの幅があるのは、繁忙期や大型発注の対応のため。お盆やクリスマスの時期にはホテルからの発注が増えるほか、道外での北海道フェアなどがあれば一時的にたくさんの商品が必要となります。
牛さんは日々コンスタントにお乳を出してくれるので、需要の振れ幅が大きいと対応が難しくなりそうなもの。ですが、ニセコ髙橋牧場さんは、ヨーグルト以外にもさまざまな乳製品を製造されていたり、指定団体へ生乳を出荷されていることから、他の部分で調整が可能になっています。
ヨーグルトをはじめとした自社製品は敷地内のショップで購入可能。アイス、チーズ、プリン、ケーキなど魅力的なラインナップに目移りします。

牛が決める居場所。酪農の現場にある選択のかたち
そして建物から外へ出ると、この景色!

手前にドンと鎮座するのは牧草ロール。
向こう側にハシゴが掛かっており、登って写真を撮ることができます。
羊蹄山との間に広がる黄色い花が咲いているあたりは牧草地。
ここで刈り取った牧草を円筒型に圧縮した冬用の保存食がこの牧草ロールなのです。

近くにトラクターも展示されており、こちらも運転席に座って写真を撮ることができます。
酪農の雰囲気に触れてわくわくするも、主役の牛さんの姿は見えず。
聞けば、髙橋牧場さんは牛が牛舎と放牧地を自由に行き来できる環境を用意しているものの、暑さが苦手な牛さんは、5月末ともなれば、日中は屋根のある牛舎を好むそう。
夕方以降、涼しくなると姿を見せることもあるそうです。
以前にこちらの記事でも書きましたが、放牧と舎飼いはどちらが良い悪いという単純な話ではないのですね。
“牛ファースト”の環境づくりと自動化技術。酪農の今を支える心と知恵
今回は特別に、一般の方は立ち入ることのできない牛舎も見学させていただきました。
ニセコ髙橋牧場さんが営農を始めたのは昭和47年(1972年)。
現代表の髙橋守さんは家業を継ぎ、共進会(牛のコンテスト)での成功をきっかけに、畑作との兼業から専業酪農へと転換して経営をスタートさせました。
ところが酪農の世界は守さんが想像していたよりもずっと厳しいものでした。
生乳の買取価格は安く、大切に育てた牛の謎の連続死もあり、一時は牛飼いを辞めることも考えるほどに悩んだと言います。
のちに連続死の原因が牧草地に撒いた窒素肥料だったことを知り、良い牛づくりにはまず良い土づくりが欠かせないと実感。その気づきから「土づくり・草作り・牛作り」の想いのもと、現在まで酪農を続けていらっしゃいます。
数年前にはロボット牛舎を導入し、様々な作業を自動化。


左側に写っている赤い機械は餌寄せ機。
右奥に小さく写っているオレンジ色の機械は給餌機。
この写真には写っていませんが、左奥にはロボット搾乳機もあります。
ここでは100頭ほどの牛が暮らしており、奥には放牧地への出入り口が開放されているのですが、先に書いたように暑い季節の日中は、牛はほとんど外に出ることがありません。
「観光地としては外に出ていてくれると嬉しいけれど、牛たちにストレスはかけたくないから牛たちの行動を尊重する」と、牧場の高井さんはおっしゃいます。
観光客の期待と現実とのギャップを感じることも少なくないであろうニセコの地で、この考え方を貫けるのは、きっと過去のご経験があってこそ。現場を訪れた私たちも知っておきたい、とても大切な考え方だと感じました。
ロボット牛舎のそばには以前の牛舎も残っており、ロボット牛舎に馴染めない子たちが暮らしています。
牛は生き物。個々の体格や性格に合わせたフォロー体制が充実しています。
牛舎をチラッと覗かせていただくと、若いブラウンスイスを発見。

そういえば、冒頭に掲載した飲むヨーグルトのパッケージにはホルスタインとブラウンスイスの2種の牛のお顔が写っていますね。
ブラウンスイスはこちらの記事でご紹介させていただいたとおり、チーズ作りに重宝されるレアな品種。
聞けば35年ほど前、チーズ作りを見据えてブラウンスイスを導入されたそう。しかし当時はさまざまな事情から、実際のチーズ作りには至りませんでした。
その後、乳質面での必要性はなくなったものの、ブラウンスイスが加わったことで牛群が穏やかになったことから、一定数を飼い続けて現在に至ります。
乳量などを考えるとホルスタインが最も経済効率のいい品種なのですが、各地の牧場を見学させていただくと、成分だけでなく「牛群が穏やかになる」「かわいい」など様々な理由で他の品種も一緒に飼養されていることが多く、数字だけでは語れない奥深さを感じますね。
牛乳とカカオをつなぐ六次化──表現としての食づくり
「土づくり・草作り・牛作り」にこだわった自慢の生乳の味を消費者に直接届けるべく、ニセコ髙橋牧場さんが工房を設立されたのは平成8年(1996年)のこと。
生乳の生産だけでなく、加工・販売までを自ら行う“六次化”による牧場経営はここから始まりました。
当時も今も、牛乳はスーパーで安売りされることが多く、それだけで酪農経営を成り立たせるのは難しいのが実情です。そんな中、付加価値をつけて販売できるヨーグルトは、経営を安定させる重要な柱に。
ニセコ髙橋牧場さんのヨーグルトは風味が抜群に良く、お乳の強い味わいと酸味の加減が素晴らしいのですが、現地でいただくとさらに絶品。
ヨーグルトは冷蔵保存中にも少しずつ発酵が進んでいくので、普段入手できるものと現地の工房で作られて間もないものとでは味わいが違うこともしばしば。
こうした違いを楽しめるのも、現地を訪れる醍醐味のひとつです。
なかでも、現地でしか味わえないおすすめのヨーグルトドリンクがあります。
その名も「カカオパルプスムージー」。

カカオパルプはカカオの果肉。チョコレートは果肉ではなく種子から作られるので、果肉は日本ではあまり馴染みのない部位です。
このカカオパルプの果汁をスムージーにして「ニセコのむヨーグルト」と合わせたドリンクは、牧場だけの限定商品。
ライチや桃をビターにしたようなフルーティな香りの中に「ニセコのむヨーグルト」のコクが広がり、未知の味わいに心が高鳴りました。
こんなマニアックな商品を作れたのは、ニセコ髙橋牧場さんが2021年に立ち上げたブランド「CACAO CROWN」があるから。
カカオ農家の方々の収益を守るため、世界各地の農園から仕入れたカカオ豆をBean to Barで加工し、髙橋牧場の生乳と合わせた独自商品で販路を拡大する取り組みです。

反射でわかりづらくなってしまいましたが、ガラスの向こうはチョコレート工房。
牧場でありながら、カカオを豆から焙煎してチョコレートを作っていらっしゃいます。
カカオ豆の選別の際に除去されるカカオハスク(外皮)は廃棄物になってしまうことが多いのですが、カカオの風味が残っているので、髙橋牧場ではお菓子の原料にも活用されています。

CACAO CROWNの取り組みは、乳製品だけでは出会えなかった客層や、贈答需要などの拡大につながっており、育てて、作って、届ける、六次化牧場の経営に新たな風を吹かせています。
「六次化は芸術、商品は表現なんです。」
こう話してくれたのは、取材にご協力いただいた高井さん。スムージーとともに、心に染み渡る言葉でした。
大きな挫折を乗り越え、牛に寄り添い、世界の農業に目を向けるニセコ髙橋牧場さんの芸術表現を、ぜひ現地で体験してみてください。
ニセコ髙橋牧場
住所:北海道虻田郡ニセコ町曽我888-1
電話番号:0136-44-3734
ミルク工房営業時間:9:30~18:00(冬季は10:00~17:30)
Webサイト:https://niseko-takahashi.jp/